危険雰囲気が存在する船内の密閉区画での死亡事故が毎年多発しています。国際海事機関(IMO)は、密閉区画への立入リスクの特定・評価方法をさらに体系化するよう求めており、乗組員と陸上作業員の双方が密閉区画に潜む危険性を十分に理解する必要があると強調しています。
危険雰囲気が存在する船内の密閉区画での死亡事故が毎年多発しています。国際海事機関(IMO)は、密閉区画への立入リスクの特定・評価方法をさらに体系化するよう求めており、乗組員と陸上作業員の双方が密閉区画に潜む危険性を十分に理解する必要があると強調しています。
Published 15 January 2025
数字が示す現実
密閉区画への正しい立入手順の遵守は、船内作業時の安全対策の中でもひときわ重視されてきました。それでも、乗組員や陸上作業員が船内の密閉区画で亡くなる事故は後を絶たず、InterManagerの安全統計からは、こうした事故が増加傾向にあることが浮き彫りになっています。
InterManagerによると、船内の密閉区画で窒息死した乗組員や外部作業員は1996年から2025年1月の間で約350人に上ると見られ、このうち70人が2022年以降に発生した43件の事故で亡くなっています。ここまで数が非常に多くなったのは、報告・調査方法の精度が上がったことも一因と考えられますが、密閉区画での死亡者数が依然として高い水準にある事実に変わりはありません。
しかも、これらの事故で亡くなっているのは練習生や経験の浅い乗組員ばかりではありません。InterManagerによると、船長や一等航海士など船舶を率いる立場にいる人たちも多数亡くなっているのです。また、陸上作業員が亡くなるケースも決して珍しくありません。さらに、統計を見ると、密閉区画での事故の4割以上は主にバルク船のカーゴホールド内やホールドの出入口などで発生していますが、タンカーや一般貨物船でも頻繁に発生しています。
事故事例:よかれと思ったことが命取りに |
数年前、Gardに加入しているバルク船で、2人のステベドアが亜鉛精鉱(Zinc Concentrate)を積載したホールドに入り、亡くなりました。2人はホールドの中で、貨物の上に横たわっているところを発見されました。本船が着岸してからすぐのことです。しかも、現場に残されていた他の証拠から判断するに、先に入って倒れていた同僚を助けようとしてもう1人も亡くなったものと思われます。その後の事故調査で、本船の乗組員はステベドアがホールド内に入っていたことに気付いていなかったことが分かりました。なお、乗組員は事故の時点ではまだホールドのアクセスハッチを開けておらず、アクセスハッチには「制限区域 - 無許可での立入禁止」の注意書きが掲示されていました。このことから、ステベドアは、亜鉛精鉱が貯蔵中に徐々に酸化してホールド内の酸素濃度を下げることを知らず、注意書きを無視してしまったものと思われます。1人目がホールドに入るのを目撃した人はおらず、上席者の指示を受けていないのになぜ入ってしまったのかは不明です。いち早く中に入って荷役時間を短縮しようと思っていたのかもしれません。2人目は同僚を助けようとしただけでした。 |
事故の類似点
密閉区画での事故に関する調査報告では、「所定の手順を守らなかった」ことが根本的な原因と結論づけられるケースがよく見られます。しかし、こうした事故は、運航、営業、技術、訓練に関するさまざまな要素が原因となっている可能性があります。上記の事例にあるように、事故の全容を語れる目撃者がいるとは限りません。
マーシャル諸島共和国(RMI)海事局は、自国籍の船舶で発生した密閉区画への立入に伴う事故に関する体系的な状況調査を実施しました。その結果、こうした事故が同じような状況や場所で繰り返し発生していることが分かりました。RMIが類似点として挙げているのは以下のような点です。
密閉区画内に存在する危険を明らかに無視している
しかるべき対策を講じないまま密閉区画に立ち入った場合の危険性への意識が欠如している
密閉区画に立ち入る必要性・意図を上席者に伝えていない
作業停止権限(Stop Work Authority)が正しく行使されていない
陸上作業員が、事前に通知をせず、また乗組員の許可やサポートを得ないまま、密閉区画に立ち入っている
仲間を助けようとした人が、知識や訓練を生かさず本能と感情に任せて行動し、密閉区画に入って亡くなってしまうケースも多発しています。
IMOによる規制の状況
IMOは1997年、すべての船種を対象とした密閉区画への立入勧告に関する初めての総会決議(Res.A.864(20))を採択しました。この勧告は、2011年に一連の見直しが行われています(Res.A.1050(27))。その後、2015年1月には、密閉区画への立入作業または密閉区画での救助作業を担うすべての乗組員に対し、定期操練への参加が義務づけられました(SOLAS Reg.III/19.3.6)。さらに2016年7月には、密閉区画への立入作業時に使用するために、携帯式ガス検知器を船内に1つ以上備え置くことも求められるようになりました(SOLAS Reg.XI-1/7)。
それにもかかわらず、InterManagerの安全統計によると、密閉区画での事故件数と死亡者数は、Res.A.1050(27)の実施が始まった2011年から2025年1月の間で減少が見られません。事故調査からも事故原因に変化がないことが明らかになっています。
IMOの勧告に改正の動き
2024年9月、IMOの第10回貨物運送小委員会(CCC 10)は、Res. A.1050(27)の改正案を提出しました。勧告の目的自体に変更はありませんが、IMOは密閉区画への立入リスクの特定・評価・管理方法をさらに体系化するよう求めており、密閉区画での作業に従事するすべての人員が危険雰囲気の生成原因を理解する必要があると強調しています。
人員の危険意識を高めるため、貨物別の危険に関する勧告、その中でも特に固体ばら積み貨物に関する勧告のセクションが大幅に拡充されています。このセクションでは、どのような貨物や状況で危険雰囲気が生成されるのか、危険雰囲気が密閉区画から、ホールドの出入口や、ホールドに隣接する作業区画などにどのように広がっていくのかが詳しく説明されており、リスクを定義しやすくするために、「連結区画(connected space)」、「隣接区画(adjacent space)」、「残留危険雰囲気(trapped hazardous atmosphere)」という概念が用いられています。また、有機貨物からの二酸化炭素の排出に関する具体的な危険性について説明するセクションも新たに加えられました。
以下に関する勧告も、注目すべき改正点として挙げられます。
管理責任者などに対する訓練・知識の強化。SOLAS Reg.III/19.3.6で定める操練要件の参照も盛り込まれました。
密閉区画記録簿の管理。記録簿は船ごとに作成し、船内のすべての密閉区画の危険を記録・評価する必要があります。また、各区画の雰囲気が区画の容積や積載貨物によってどのように変わるかも考慮しなければなりません。関連するリスク軽減策の記載も必要です。
船長またはその代理人に対する荷送人貨物申告書の提供。申告書には、貨物の危険性に関する必要な情報すべてを記載し、乗組員が理解できる形式で情報を伝える必要があります。
船内での作業計画および人員配置計画の改善。必要以上に焦らせたり、同時並行作業(SIMOPS)を強いたりするなど、外部要因によって密閉区画への立入作業を危険にさらさないようにすることが目的です。また、立入作業は通常の業務時間中に行うべきです。1人で立ち入ることのないようにしてください。
アクセス・立入手順の改善。陸上作業員に対しても、立入作業に潜む危険や、作業前および作業中に必要な安全対策(事前に密閉区画への立入許可を取得するなど)を必ず伝えなければなりません。今回新たに追加された付録では、密閉区画への出入口や本船のギャングウェイに掲示すべき注意書きや図の例を紹介しています。
雰囲気の試験。SOLAS Reg.X1-1/7で定める検出装置や試験器への言及が加えられました。また、酸素、可燃性、有毒性の試験だけでなく、雰囲気中の二酸化炭素濃度も調べるよう勧告されています。
密閉区画における緊急時対応計画の策定。理解しやすく、定期的に訓練が可能であること、実効性を検証すること、内容に正確に従うことが求められます。緊急事態が発生した場合に、乗組員や陸上作業員は必ず所定の救助計画を守る必要があること、密閉区画での救助作業を絶対に単独で行わないことを強調してください。
いま一度、密閉区画への立入手順の見直しを
密閉区画への立入に関する勧告の改正は、2025年春に開催されるIMO MSC 110で最終承認される予定ですが、運航者の皆さまは、速やかにこの改正勧告を確認し、必要と思われる助言を取り入れ、立入手順を適宜更新するようにしてください。勧告の改正案は、IMO report CCC 10/16 Annex 5でご覧いただけます。
密閉区画立入に伴う事故の防止方法に関する助言は、Insight記事「密閉区画に立ち入る際は準備をお忘れなく」でもご紹介しています。また、啓発動画(8分間)で語られている実際の事故事例は、密閉区画への立入に命の危険が伴うこと、立入前および立入中にあらゆる対策を講じる必要があること、訓練を積んだベテランでもミスを犯してしまうことを、改めて痛感させてくれます。
船医の方々におかれましては、Mariners Medico Guideアプリの緊急時セクションをご覧のうえ、危険雰囲気への暴露による事故に関する最新の医療情報や治療方法を確認することを推奨します。
密閉区画への立入に関するGardの安全啓蒙キャンペーンのページもご覧ください。 https://www.gard.no/document/enclosed-space-entry-training/