
FuelEU Maritime制度の導入開始まで1年を切りました。この制度の導入により、EU/EEA加盟国内の港湾を発着する船舶は、炭素強度の低い燃料を用いた運航を義務づけられるようになり、違反した場合は多額の罰金を科されるおそれがあります。
Published 01 April 2024
海運業界、その中でも特に船主の方々はこの数年、脱炭素化に関する規制が次々と施行され、その対応に苦心されていることと思われます。2023年には、運航船の燃費性能指標(EEXI)と燃費実績格付け制度(CII)が導入。今年2024年には、欧州連合排出取引制度(EU ETS)が海運セクターに拡大されました。そして、来年2025年には、FuelEU Maritimeが導入されます。
FuelEU Maritimeは、EUの気候変動政策パッケージ「Fit for 55」において海運を対象とした2つ目の政策で、船舶が使用する燃料の温室効果ガス(GHG)強度の削減、陸上電源の使用促進、eアンモニアやeメタノールなど非生物由来の再生可能燃料(RFNBO)の使用促進を目的としたものです。
段階的な削減
船舶のGHG強度は、エネルギーのメガジュール(MJ)当たりのCO2相当排出量をグラム換算し、gCO2e/MJという単位で表されます。CO2eという単位を使うのは、CO2そのものだけでなく、メタンや亜酸化窒素も対象としているためです。2024年1月より、これらのGHGは全て、EUの監視・報告・認証(MRV)制度に基づき排出報告が義務づけられるようになりました。GHG強度の基準値は91.16gCO2e/MJとなっています。これは、EU MRV制度に基づき報告された2020年における船舶の使用燃料のGHG強度の平均値です。2020年に船舶で使用された燃料の大半はHFOとMDOが占めており、この平均値にはこれら2つの燃料のGHG強度が大きく反映されています。2025年より、船舶はGHG強度の低い燃料を用いて運航しなければなりません。GHG強度の上限値は段階的に引き下げられます。まず2025年からは2020年比で2%引き下げられ、89.34gCO2e/MJとなります。2030年からは引き下げ率が6%(上限値:85.69gCO2e/MJ)となり、以降は5年ごとにこの率が増していき、最終的に2050年には80%(上限値:18.23gCO2e/MJ)となります。
最初のGHG強度が2020年の基準値よりも高いと、規定のGHG強度をクリアするには、その分、その後の引き下げ率も大きくなることになります。

図1. FuelEU Maritimeで規定されている船舶使用燃料のGHG強度の2020~2050年までの引き下げ率
各種燃料のGHG強度(別名:排出係数)はWell-to-Wake(WTW)ベースで計算されます。つまり、燃料の製造・輸送・燃焼に伴うGHG排出量全てが含まれるということです。燃料は種類によってそれぞれGHG強度が決まっています。例えば、グレーアンモニアとブルー/グリーンアンモニアとでは製造方法が異なるため、GHG強度も大きく変わってきます。また、食料や飼料から製造されるバイオ燃料は環境に与える負荷が大きいとみなされ、化石燃料と同じ排出係数が適用される点にも注意が必要です。
適用対象と対応スケジュール
EU ETSと同じく、FuelEU Maritimeは物品または乗客を輸送する総トン数5,000トン以上の商船に適用されます。EU/EEA加盟国の港湾間の航海については、航海における燃料消費量の100%が対象に、EU/EEA加盟国の港湾とEU/EEA加盟国以外の港湾間の航海については、燃料消費量の50%が対象となります。ただし、乗客を運ぶフェリーによる一部の航海などは適用対象外です。規則を遵守すべき対象については、欧州委員会は現在、本船のISMコードに基づく義務を負っている事業体が対象となるとの見解を表明しており、船主またはISMコードに基づく義務を負うことに同意したその他の組織を遵守対象としたEU ETSとは異なっています。
2025年1月1日からは、必要なデータの記録が求められるようになります。データの報告については、以下のスケジュールで行います。・検証者によるデータのFuelEUデータベースへのアップロード(毎年3月31日まで) ・違反に伴う罰金の支払い(毎年5月1日) ・検証者によるFuelEU適合証書の発行(毎年6月30日まで)。
船主が最も喫緊に対応しなければならないのは、指定した検証者にモニタリングプランを提出することで、2024年8月31日が期限となっています。プランには、船上で使用する燃料の量、種類、排出係数をどのようにモニタリング・報告するのか、その方法を記載する必要があります。
規則を遵守するための対策
FuelEU Maritimeを遵守するために、海運会社はどうすればよいのでしょうか。長期的に考えれば、RFNBOを使用することが一番の対策といえるでしょう。FuelEU Maritimeでは、RFNBOの使用をさらに促すために、このタイプの燃料を使用した場合、GHG強度が本来の値の半分として計算されます。ただ、当面はRFNBOの供給量やこの燃料に対応できる船舶の数が限られているため、以下のような対策も別途必要になるでしょう。
最も効果的と思われる対策はバイオ燃料の使用です。従来の燃料と混合することでGHG強度を十分に削減することができます。ただし、食料や飼料を原料としていないものに限られます。バンカーサプライヤーは、FuelEU Maritimeで義務づけられている燃料の炭素強度と、燃焼排出量の計算に関する所定の日付を記したSustainability Annexをバンカーデリバリーノート(BDN)に添付して提出することが求められます。
風力補助推進システム(WAPS)を導入する船舶も増えてきています。このシステムを船舶に取り付けた海運会社は「風力特典係数(Wind Reward Factor)」が付与され、使用燃料のGHG強度の合計を引き下げることができます。熱回収システムや空気潤滑などエネルギー効率を高める技術は他にもありますが、こうした特典係数が与えられるのは風力推進だけです。
港での係留中は陸上電源(Onshore Power Supply [OPS])を使うのもよいでしょう。GHG
強度がゼロとして扱われます。なお、FuelEU Maritimeの開始時点ではOPSの使用は任意ですが、2030年からは、OPSがある港湾では旅客船にその使用が義務づけられ、違反した場合に罰金が科されるようになります。もちろん、港湾の整備状況や船舶の対応能力次第ですので、当面はOPSの使用は限られるでしょう。
船上CO2回収(OCC)については、今のところGHG強度の控除はありませんが、法制化が予定されている2027年に見直しが再検討される可能性があります。
違反した場合に科される多額の罰金
国際海事機関(IMO)が実施するCII制度とは異なり、FuelEU Maritimeに違反した場合は多額の罰金を科される可能性があります。罰金額は、GHG強度の上限値を超過した燃料消費分に対してVLSFO 1MT相当量当たり2,400ユーロとして計算されます。欧州委員会の試算によると、従来燃料(HFO12,000トン、MDO1,000トン)を燃焼し、港でOPSを使用するコンテナ船1隻は、適格なバイオ燃料やRFNBOに切り替えたり、WAPSを使用できるよう改造したりする対策を一切講じずにEU/EEA加盟国域内での航海に従事した場合、GHG強度の上限値が6%引き下げられる2030年以降は、毎年110万ユーロの罰金が科されることになります。
バイオ燃料やRFNBOの価格の上昇は、こうした罰金を科される可能性をさらに高めることになります。また、EU ETSの排出枠取引価格は2023年前半は100ユーロ程度まで上昇したものの、現在は60ユーロを下回っていることから、設備投資先を考える際にはこの価格も考慮しなければなりません。
プーリングとバンキング
CIIと異なり、実GHG強度が上限値を下回った場合は、余剰分を船舶間で融通(プーリング)したり、翌年以降に貯蓄(バンキング)したりすることができます。こうした制度は、海運会社に新しい代替燃料船への投資を促すために設けられたものです。これによって、上限値よりも実GHG強度がはるかに低くなるアンモニア燃料船(eアンモニアを使用する場合)などを購入する船主が出てくるかもしれません。こうした代替燃料を導入した船舶によって生まれた余剰分を同じ船主のフリート内でプールし、従来燃料を引き続き使用している船舶に割り振れば、フリート全体でGHG強度の上限値を下回ることができるでしょう。
プールの対象範囲は同一船主のフリートだけに限られません。自社のフリート内でプールしてもまだ余剰分がある場合、このプーリング制度によって別の船主に売却することもできます。
また、余剰分を「貯蓄」して、GHG強度の上限値がさらに引き下げられる翌年以降に使うこともできます。つまり、EU ETS制度の排出枠を取引して新たな収益源を生み出せるのと同様に、FuelEU Maritime制度も船主にとっては収入を得る機会となりうるのです。
制度開始に備えて
FuelEU Maritime制度の導入に向けて船主はどのような準備をすればよいのでしょうか。2024年8月31日が期限となっているFuelEUモニタリングプランの提出の他に、船主と傭船者は、この先GHG強度の上限値が下がったときにも規制を遵守できるよう、必要な条項を傭船契約に盛り込んでおくとよいでしょう。上限値を下回るには、減速航海を行うなど運航方法を見直すだけでは難しく、GHG強度の低い従来燃料や適格なバイオ燃料、RFNBOを使用するか、WAPS装置を取り付けなければなりません。その際には、制度を確実に遵守するためにどのような手順で進めるのが適切か、船級協会に助言を求めることが必要です。
定期傭船契約の標準書式では通常、船主は傭船者に対して適格なバイオ燃料やRFNBOの使用を命じる権利は与えられていません。また、装置を取り付ける場合も、取り付けにかかった時間や装置購入費は船主負担となり、燃料消費量の削減に見合った傭船料増額などの恩恵を受けることはできません。そこで、こうした問題を解決するために現在取り組みが進められています。Gardも委員を務めているボルチック国際海運協議会(BIMCO)の小委員会では、FuelEU Maritime and Biofuels条項の策定が行われています。船主と傭船者の間でも、こうした条項を独自に策定しようという動きが出てくるでしょう。Gardは今後も条項の策定状況や、規制に関して明確になった点、それらに対する業界の反応を注視し、最新情報を提供してまいります。
CIIやEU ETSの場合と同様、FuelEU Maritime制度の導入によって生じる費用を分担するために傭船契約を改めたり条項を修正したりすることは、傭船者にとっては受け入れがたいことかもしれません。しかし、脱炭素化が急速に進む今、長期的な協力関係を結んでおけば後でその恩恵にあずかることができるでしょう。
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