
2025年にいよいよ香港条約が発効しますが、これによって実際何が変わるのでしょうか。これまでのシップリサイクル慣行にどのような影響を与え、パキスタンなどの主要リサイクル国はどう動くのでしょうか。その答えを探るべく、GardのSpecial AdviserであるKim Jefferiesが、Wikborg Rein社のパートナー弁護士であるHerman Steen氏にお話を伺いました。
Written by

Herman Steen (Wikborg Rein)
Partner

Kim Jefferies
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Published 08 November 2023
国際海事機関(IMO)は2009年、「2009年の船舶の安全かつ環境上適正な再生利用のための香港国際条約」を採択しました。この条約は、先頃リベリアとバングラデシュの2か国が批准したことにより発効要件を充足したことから、2年後の2025年6月26日についに発効することになっています。この条約の内容について簡単に教えていただけますか?
香港条約の目的は、船舶のリサイクルを安全かつ環境上適正に行うようにすることです。船舶の解体・リサイクルが行われている南アジアでは、満潮時に船舶を砂浜に乗り上げさせたり、潮間帯で解体を行ったりしており、その方法が労働者にとって危険で、有害物質も流出しているなど、作業方法に問題があると大きく懸念されてきました。香港条約は「ゆりかごから墓場まで」というアプローチを取っています。締約国を旗国とする船舶に適用され、有害物質一覧表(インベントリ:IHM)の保持が義務づけられるほか、所管官庁により承認された施設でなければ船舶を解体・リサイクルすることができなくなります。また、締約国に所在するリサイクル施設も適用対象となり、運営には所管官庁による承認が必要になるほか、船舶リサイクル施設計画(SRFP)の提出に加え、解体・リサイクル作業ごとに船舶別リサイクル計画(SRP)の策定が求められます。締約国の当局には、自国の管轄下で運営される船舶リサイクル施設にこの条約の規定を守らせる責任が生じます。
「香港条約はこれまでにバングラデシュ、インド、トルコをはじめ22か国が批准しており、船舶リサイクル市場における取扱船腹量の約8割を占めています。」
国際条約は批准までに時間がかかり、結局批准されないものもあります。EUは数年前に独自の船舶リサイクル制度を採択しました。大部分が香港条約の規定に基づいた制度ですが、香港条約とどのような点が異なるのでしょうか?
EUは香港条約について、発効が遅々として進まず、内容も不十分だと考えていました。そこで、2013年に「シップリサイクルに関する欧州規則」を制定しました。この規則はEU/EEA域内版の香港条約であり、追加の規定も取り入れられています。特に重要なのが、EU/EEA籍船は、欧州委員会の承認を受け、かつ、いわゆる「EUリスト」に掲載された施設でなければ解体・リサイクルできないという点です。現時点で南アジアにおいて承認を受けた施設はないため、EU/EEA籍船を南アジアの国々で解体・リサイクルすることはできません。また、この規則は、ライフサイクルの下流における廃棄物処理に関する追加規定や、安全衛生に関する特定の要件も設けています。香港条約が定めているのは最低限の規定のみで、国・地域がさらに踏み込んだ規定を設けることを妨げるものではないことから、香港条約が発効してもこの欧州規則の厳しい規定は引き続き有効となります。
ノルウェーはEUには加盟していませんが、EEAには加盟しており、シップリサイクルに関する欧州規則を国内法で施行しています。したがって、ノルウェー籍船の解体・リサイクルは「EUリスト」に掲載されている施設でなければ行えません。では、非EU籍船についてはどうでしょうか?ここで思い浮かべるのが、ノルウェーで起きたTide Carrier号事件です。ノルウェー人船主がコモロ籍船をパキスタンでリサイクルしようとしたとして有罪判決を受けました。これは、バーゼル条約と同条約の95年改正(「BAN改正」)が法律として採用されていることが理由なのでしょうか?
はい、その通りです。ノルウェー法は2006年のEU廃棄物輸送規則を取り入れていることから、1989年のバーゼル条約と1995年のバーゼルBAN改正も適用され、これに基づき有罪判決が下されました。バーゼル条約とは、リサイクルに回される船舶など有害廃棄物の国境を越える移動を規制するもので、有害廃棄物の移動に際して輸出国・輸入国・中継国の合意を求めています。BAN改正はそれよりさらに踏み込んだ内容で、OECD非加盟国への廃棄物の輸出を禁じています。EU廃棄物輸送規則に規定されているように、輸出が禁止されているということは、EU/EEA海域にいる非EU/EEA籍船が解体されようとしている場合、OECD非加盟国へ輸出できないということです。Tide Carrier号の船主は、OECD非加盟国のパキスタン・ガダニにあるビーチング施設でのリサイクルを目的にノルウェーから本船を輸出しようとしたキャッシュバイヤーを幇助したとして、禁固6か月の実刑判決を受けました。言いかえれば、こうした規則が非常に厳密に運用されているのです。
「香港条約が定めているのは最低限の規定のみで、国・地域がさらに踏み込んだ規定を設けることを妨げるものではありません。」
インドとバングラデシュが香港条約を批准しました。この条約が発効する頃には条約を順守した施設がおそらく整っているでしょう。しかし、どちらの国もOECD非加盟国です。BAN改正とそれに基づく国内法が施行されていると、たとえ香港条約の要件に適合していても、ノルウェーやEU域内にいる外国籍船をインドやバングラデシュの施設に直接輸出することはできないのでしょうか?
一般論ですが、EUの規則を含め、BAN改正というのは、施設が香港条約締約国の所管官庁の承認を受け、かつ「EUリスト」に掲載されているのであれば、OECDやEU/EEA加盟国からインドやバングラデシュなどのOECD非加盟国の施設にリサイクルを目的に船舶を輸出することを妨げるものではありません。これは、香港条約もシップリサイクルに関する欧州規則も、バーゼル条約と少なくとも同等に環境上適正な廃棄物処理基準を課していれば、バーゼル条約に優先するからです。ですから、シップリサイクルに関する欧州規則の規定を満たしているのであれば、EUとしてもインドやバングラデシュなどの施設を輸出先に加えることに基本的に前向きです。ただ、複数のNGOからはこれを疑問視する声が出ており、香港条約の要件を満たして承認されている施設や、「EUリスト」に掲載されている施設でも、OECDやEU/EEA加盟国からOECD非加盟国への解体・リサイクルを目的とした船舶の輸出は、実際のところはBAN改正によって道が閉ざされてしまうだろうと指摘しています。
パキスタンは船舶のリサイクル・解体総トン数でかなりのシェアを占めていますが、香港条約をまだ批准していません。今後この国がインドとバングラデシュというリサイクルの2大国に加わり、条約を批准する可能性はあると思いますか?それとも、今後も仲間には加わらず、条約に適合したインドやバングラデシュの施設よりも安い価格で引き受け、市場シェアを増やす方に走るのでしょうか?
理由はいろいろありますが、批准するのではないかと思います。香港条約はこれまでにバングラデシュ、インド、トルコをはじめ22か国が批准しており、船舶リサイクル市場における取扱船腹量の約8割を占めています。施設の水準も大幅に上がりました。特にインドとバングラデシュは目覚ましいです。条約の発効を待っている間もこの流れはおそらく続くでしょう。パキスタンが批准するかは、発効までに国内施設が条約に適合できると国が考えているかどうかによると思われます。また、このところの自然災害や外貨不足がリサイクル市場のシェアに響いてくるかどうかという問題もあります。依頼する側は条約に適合していない施設に船舶を送れば法律的にも風評的にもリスクがあることから、費用の面でそのリスクを冒しても余りあるメリットを打ち出せないのであれば、パキスタンも条約加入を考えざるを得ないでしょう。
香港条約の発効はひとつの大きな転機になるでしょうか?なるとしたら、どのような形でしょうか?
発効すれば世界に大きな影響を与え、ひとつの大きな転機になると思います。安全かつ持続可能なシップリサイクルの実現を目指した拘束力のある一連の国際規則がついにできるというのは、とても大きな節目になるでしょう。EUが先導して、バーゼル条約のみならず香港条約を何とか早く採択しようとしてきたことは、いろいろな点で良かったです。ですが、規則が幾層にも重なり、規制の状況は非常に複雑になっています。また、EU独自の規則も十分に効果を発揮しているとは言えません。船舶をリサイクルに出す際に、船籍を変えたりEU/EEAを介さないで取引できたりしてしまうなど、抜け道があまりにも多すぎるからです。世界的な問題に対処するには世界的な規則が必要です。そうした意味で、香港条約の発効は、リサイクルに関する問題が最も深刻な国々の大半の施設で重要かつ拘束力のある最低限の基準が確実に適用されるなど、持続可能で責任ある船舶解体慣行の実現に向けた国際社会による重要な取り組みだと言えます。